バスケット界の世界的スーパースター コービーブライアント

壁に描かれたコービーブライアント

 

日本だけでなく世界的中から愛されるバスケット界のスーパースター、コービーブライアント。

惜しまれながらも2015-16シーズンを最後にコートを去りましたが、2年7ヶ月経った今でもコービーの動画は至る所で目にします。

世界中の憧れだったコービーのキャリアやプレーを動画を中心に見ていきましょう。

 

https://www.youtube.com/watch?v=jhyANGHDDH8

 

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ドラフトからルーキー時代

コービーブライアントは、1996年のドラフト1巡目13位でシャーロットホーネッツに指名されその後のシーズン前トレードによりレイカーズへ入団しました。

シャキールオニール獲得のためにサラリーキャップを削減するためのトレードだったといわれていて、NBAの中でもとても重要な巡り会わせだったと言えます。

コービーが13位?!と思われた方もみえるかもしれませんが、当時まだ少なかった高校卒業からのNBA入りということと、1996年のドラフトは過去のNBAの歴史の中でも稀に見るスター候補そろいだったことからこの順位になったと思われます。

ちなみに1996年ドラフトには以下のようなメンバーが顔を揃えました。

  • アイバーソン
  • マーカスキャンビー
  • アブドルラヒーム
  • ステファンマーベリー
  • レイアレン
  • アントワンウォーカー
  • デリックフィッシャー
  • スティーブナッシュ
  • ジャメンオニール

また、コービーが高校卒業後NBA入りした理由のひとつに年齢を重ねていたマイケルジョーダンとの対戦を強く熱望したことも挙げられるようです。

ルーキーイヤー

ルーキーイヤーから71試合に出場したコービーブライアントですが、スタメン起用は6試合のみとプレーにその才能の片鱗は見せるもののシーズン平均得点も7.6点とそれ以後の活躍から考えるとまだまだと言えるものでした。

やはりそこは世界最高リーグのNBAなので、高校を出たてのプレイヤーが好き放題やれるような場所ではないといったところでしょうか?!

 

https://www.youtube.com/watch?v=8SedlrShmvo

 

セカンドイヤー

翌年も79試合に出場しながらスタメン起用は1度だけとなりますが、シーズン平均得点は早くも2ケタの15.4得点とし、スコアラーとしての存在感も徐々に見せ始めます。

あの名将フィルジャクソンに、非常に練習熱心な選手といわせるほど練習に取り組んでいたようなので(この時はまだフィルジャクソンはヘッドコーチに就任していません)バスケットの世界でも努力に勝る天才はいないという言葉がやはり当てはまるのかもしれません。

 

https://www.youtube.com/watch?v=o9CZUkkeGMI

 

フィルジャクソンHCの就任と初リング

1999-2000シーズン前にシャキールオニールとコービーブライアントという2大スターを抱えながら強豪犇くウェスタンカンファレンスを中々制覇できなかったレイカーズは、マイケルジョーダン等と共に6度のチャンピオンに輝いたフィルジャクソンをヘッドコーチに招き入れます。

トライアングルオフェンスの中でシャック&コービーは躍動し、ディフェンス面においてもフィルジャクソンに指導を受けたコービーブライアントは新化を遂げフィルジャクソン就任初年度から念願の初優勝を遂げます。

 

https://www.youtube.com/watch?v=z_ZGtDL7mPI

 

また、この年はじめてシーズン平均得点を20点台に乗せたコービーブライアントはそこから怪我で6試合の出場にとどまった2013-14シーズンまで14年連続で20得点をキープしました。

30点台も3度、最高平均得点は35.4得点とまさにNBAを代表するスコアラーとしてその実力をいかんなく発揮していきます。

スリーピートと王者の崩壊

初優勝を果たしたシーズンから3連覇を成し遂げたレイカーズは、当時まさに無敵とも言える存在感があり、今考えてもコービーとシャックが同じコートに立っていることの凄さを痛感します。

しかし、その一方でコービーとシャックの不仲説というものが日本にまで届いていました。

実際のところはどこまで報道されていることが真実か定かではありませんが、シャックの移籍やフィルジャクソンの退団などコービーが原因でレイカーズが動かざる得なかったことはホームゲームでコービーがブーイングを浴びる姿などを見ても間違い無さそうです。

フィルジャクソンは退団後1年でレイカーズのヘッドコーチに再就任していますが、シャックがヒートへ移籍してからレイカーズが再度王座に返り咲くには5年の月日がかかりました。

もちろんコービーブライアント1人の力ではありませんが、その5年の中に先程書いた35.4得点のシーズンもあり、どれだけコービーブライアントが奮起していたかということはその数字からも見てとることが出来ます。

 

https://www.youtube.com/watch?v=Ids59fs9jyA

 

連覇からのチームと度重なる怪我

チームを再建し2008-09シーズンに再度チャンピオンリングを獲得したレイカーズ。

コービーブライアントは初のファイナルMVPを獲得し、連覇を遂げた翌シーズンにもファイナルMVPを獲得する活躍を見せました。

 

https://www.youtube.com/watch?v=hpW0k0QErnU

 

連覇を果たした翌年にはフィルジャクソンヘッドコーチが再度退団し、チームは下降の一途を辿ることになります。

度重なるケガ

コービーブライアントは2013年に左アキレス腱を断裂し、復帰した翌シーズンも僅か6試合で膝の故障により戦線離脱しています。

2014-15シーズンのプレシーズンマッチには元気な姿を見せてましたが、シーズン途中で右肩を負傷し、そのままシーズンを終える結果となりました。

2014-15シーズンの出場ゲームは35ゲームですが、出場時間は平均で34分台と長く、平均得点も20得点を超えていただけに気を落としたファンも多かったでしょう。

チームもプレーオフ進出はならずコービーの進退について様々な意見がウェブ上では飛び交うようになりました。

引退表明

度重なるケガやバッシングもありましたが2015-16シーズンに再度復帰を果たします。

しかし、開幕から約1ヶ月が過ぎたころコービーブライアントは2015-16シーズンを最後に引退することを表明しました。

シーズン中の引退表明はビッグネームでは珍しいといえるかもしれません。

引退を表明した後のシーズンをどのようにプレーしていくのか世界中から注目が集まりました。

 

https://www.youtube.com/watch?v=coLwV6TtvXo

 

上の動画はラストシーズンのオールスターゲームの様子ですが、コービーブライアントが本当に多くのファンに愛され、多くの選手に尊敬されているのがよく分かります。

地元のファンもそうですが、コービーの凄さを本当によく知っているのは対峙している選手だけなのかもしれません。

ラストシーズンでは大きな怪我もなく66試合に出場しています。

平均得点17.6得点と全盛期に比べると少なく感じてしまいますが、37歳で幾度となく怪我から這い上がってきた選手が自分の19歳のときよりも平均得点が高いというのは意味深さを感じてしまいます。

 

https://www.youtube.com/watch?v=BdGeXcJ-hfo

 

上の動画はコービーブライアントのキャリアラストゲームです。

信じられないという他ありませんが、60得点を記録しています。

周りがお膳立てしたとか相手チームが気を使ったなんていうコメントも目にしましたが、そんな次元を超越したコービーブライアントのプレーに感動したバスケットファンは管理人を含め世界中に数知れないでしょう。

最後に

様々なタイトルや記録をもつコービーブライアントですが、管理人の記憶の中では1試合81得点登記録が最も印象強いかもしれません。

 

https://www.youtube.com/watch?v=99ptwYqwYAQ

 

また、その実力はオフェンスだけにとどまらずディフェンス面においても高く評価されている選手の一人でした。

高い跳躍力を活かしたブロックショットが印象的ではありますが、これほどのプレイヤーがマークマンに対して腰を落とし粘り強くディフェンスをしているシーンは日本人プレイヤーにとっても考えさせられることがとても多いでしょう。

キャリア終盤にはスタープレイヤーのほとんどが年下となったコービーブライアントですが、そんな若手のスタープレイヤー達相手にプライドなど関係なく足を引っ張ってでも止めると言えそうな真剣なディフェンス姿はホントにカッコイイです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=7Tfq3V6C5dA

 

ポジション、体型、身体能力、プレースタイル、シュートフォームなどからマイケルジョーダンと比較され続けながらも様々なタイトルを獲得したコービーブライアントは歴代のNBAスーパースターの中でも特別な存在の1人と言えるのは間違いないでしょう。

経歴

コービーブライアントの主な経歴
  • 1978
    アメリカ ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ
  • 1984
    父のNBAからイタリアリーグ移籍によりイタリアへ移住
  • 1991
    父がアメリカの大学のHCとなったため帰国
    ローワー・メリオン高校に進学
  • 1996
    ドラフト13位でレイカーズ入団(トレードあり)
  • 1997
    ダンクコンテスト優勝
  • 1998
    オールスターゲーム出場
    計15回 1998,2000-2016
  • 2000
    NBAチャンピオン
    計5回 2000-2002,2009,2010
  • 2002
    オールスターMVP
    計4回 2002,2007,2009,2011
  • 2006
    得点王
    計2回 2006,2007
  • 2008
    シーズンMVP
  • 2009
    ファイナルMVP
    計2回 2009,2010
  • 2016
    引退

コメント

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