アトランタ・ホークスは、NBAのなかでも極めて長い歴史を持ち、そのルーツを1946年まで遡ることができる名門フランチャイズです。
現在はジョージア州アトランタを本拠地としていますが、その歩みはいくつもの都市を渡り歩き、それぞれの時代でリーグを代表するスーパースターを輩出してきた激動の歴史でもあります。
1958年の初優勝から、80年代の華やかなダンクの祭典、そして現代の攻撃的バスケットボールへの進化まで、ホークスが歩んできた道のりと、その魂を支えた名選手たちを詳しく解説します。
チームの起源とセントルイスでの黄金期(1946年 – 1968年)
ホークスの歴史は、1946年に創設された「トライシティーズ・ブラックホークス」から始まりました。
その後、ミルウォーキーへの移転を経て、1955年にミズーリ州セントルイスへと本拠地を移し「セントルイス・ホークス」となりました。
このセントルイス時代こそ、チーム史上最も輝かしい黄金期です。
この時代を象徴するのが、史上最高のパワーフォワードの一人と称されるボブ・ペティットです。
1958年、ホークスはNBAファイナルで当時最強を誇ったボストン・セルティックスと激突しました。
第6戦、ペティットは一人で50得点を叩き出すという伝説的なパフォーマンスを見せ、チームを史上唯一の優勝へと導きました。
この時期のホークスは、1957年から1961年までの5年間で4回ファイナルに進出しており、セルティックスの最大のライバルとして君臨していました。
アトランタへの移転と「ピストル・ピート」(1968年 – 1982年)
1968年、チームはジョージア州アトランタへと移転し、現在の「アトランタ・ホークス」が誕生しました。
移転当初のスターは、圧倒的な得点力を誇ったルー・ハドソンでしたが、1970年にドラフトで獲得したピート・マラビッチ(通称ピストル・ピート)の加入により、チームは新たな注目を集めます。
マラビッチはその派手なパス回しと魔法のようなボールハンドリングで観客を魅了し、バスケットボールをエンターテインメントへと昇華させました。
成績としてはプレーオフでの成功に恵まれない時期もありましたが、この時代に築かれた「魅せるバスケットボール」のスタイルは、後のホークスのアイデンティティに大きな影響を与えることになります。
ドミニク・ウィルキンス:ヒューマン・ハイライト・フィルム(1982年 – 1994年)
1982年、ホークスの歴史において最も愛される象徴的な選手、ドミニク・ウィルキンスが入団します。
その驚異的な身体能力から繰り出される豪快なダンクは「ヒューマン・ハイライト・フィルム(人間ハイライト集)」と称され、彼は瞬く間にリーグを代表するスコアラーとなりました。
1980年代のホークスは、ウィルキンスを中心に毎年プレーオフに進出する強豪となります。
特に1988年のプレーオフ、ラリー・バード率いるセルティックスとの第7戦で見せた、ウィルキンスとバードの壮絶なシュートの打ち合いは、NBA史に残る名勝負として語り継がれています。
優勝には届かなかったものの、ウィルキンス時代のホークスはアトランタにバスケットボール人気を完全に定着させました。
堅守の構築と「ISO Joe」の時代(1994年 – 2012年)
ウィルキンスの退団後、チームは守備的なカラーを強めます。
1990年代後半には、4度の最優秀守備選手賞に輝くディケンベ・ムトンボがゴール下を死守し、人差し指を振る「指振りポーズ」で相手を威圧しました。
2000年代中盤に入ると、万能型スコアラーのジョー・ジョンソンを獲得します。
勝負所でのアイソレーション(1対1)から確実に得点を決める「ISO Joe(アイソ・ジョー)」としての活躍により、チームは再び東地区の上位へと返り咲きます。
若き日のアル・ホーフォードやジョシュ・スミスらと共に、ホークスは2008年から10年連続でプレーオフ進出を果たすという、極めて安定した時代を過ごしました。
チームバスケットの極致:60勝シーズン(2012年 – 2018年)
2014-15シーズン、マイク・ブーデンホルザー監督の下でホークスは「スパーズ・オブ・ジ・イースト(東の重戦車)」と呼ばれるほど見事な連携を見せます。
特定のスター選手に頼らず、全員でパスを回す美しいバスケットを展開し、球団記録となるレギュラーシーズン60勝を達成しました。
この年の1月には、スターティングメンバー5人全員が「月間最優秀選手」に選ばれるというNBA史上初の快挙を成し遂げました。
カンファレンス決勝まで進出したこのシーズンは、個人の力ではなく組織の力で勝つという、ホークスの歴史のなかでも特筆すべき1ページとなりました。
トレイ・ヤングの衝撃と新たな再編(2018年 – )
2018年、ドラフト当日のトレードでトレイ・ヤングを獲得したことで、チームは新時代に突入しました。
ヤングは超長距離からのスリーポイントと天才的なアシストを武器に、瞬く間にリーグ最高峰のポイントガードへと成長。
2021年には下馬評を覆して東地区決勝まで進出し、ニューヨーク・ニックスやフィラデルフィア・76ersを撃破する快進撃を見せました。
しかし、その後はチーム成績が停滞し、2025年から2026年にかけて大きな転換期を迎えています。
2024年のドラフト1位でザカリー・リザシェイを獲得し、さらには2026年1月、長年エースを務めたトレイ・ヤングをトレードで放出するという決断を下しました。
現在は成長著しいジェイレン・ジョンソンや新加入のCJ・マッカラム、クリスタプス・ポルジンギスらを中心に、若手と実力者が融合した新たなチーム作りに取り組んでおり、再び王座を狙う準備を進めています。
ホークスの歴史を彩った主な所属選手
ボブ・ペティット(在籍:1954-1965)
フランチャイズ史上最大のレジェンドです。
11シーズンのキャリア全てで20得点・10リバウンド以上を記録し、1958年の優勝をもたらしました。
NBA初のMVP受賞者でもあります。
ドミニク・ウィルキンス(在籍:1982-1994)
アトランタ・ホークスの代名詞。
通算得点など数多くの球団記録を保持しており、彼の背番号21は永久欠番となっています。
その華麗なプレーは今もなおファンの語り草です。
ピート・マラビッチ(在籍:1970-1974)
大学時代に驚異的な得点記録を樹立して入団。
アトランタ時代の初期に、魔法のようなパスで観客を熱狂させました。
現代のバスケットボールの先駆者的な存在です。
ディケンベ・ムトンボ(在籍:1996-2001)
「マウント・ムトンボ」の異名を持つ鉄壁のセンター。
ブロックショット後の指振りがトレードマークで、ホークスのディフェンス文化を象徴する選手でした。
ジョー・ジョンソン(在籍:2005-2012)
卓越したシュート技術と勝負強さを持ち、オールスターに6回選出されました。
低迷期にあったチームを救い、プレーオフ常連へと引き上げた功労者です。
アル・ホーフォード(在籍:2007-2016)
高いバスケットIQと献身的なプレーで、60勝シーズンを含む長年の躍進を支えました。
リーダーシップに優れ、ファンから絶大な信頼を寄せられたビッグマンです。
トレイ・ヤング(在籍:2018-2026)
現代ホークスの顔として、多くの印象的な勝利をもたらしました。
2021年のプレーオフ快進撃は彼なくしてはあり得ず、その得点能力と華のあるプレーはアトランタの新たな黄金の記憶となりました。
最後に
アトランタ・ホークスは、常に変革を恐れず、その時々の最先端のプレースタイルを取り入れてきたチームです。
セントルイスでの栄光からアトランタでの熱狂まで、彼らが紡いできた物語は、これからも多くのバスケットボールファンを魅了し続けることでしょう。



















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