日本バスケットボール界において、今やその「赤い髪」と「ひたむきなプレースタイル」を知らないファンはいないでしょう。
長崎ヴェルカに所属する川真田紘也選手は、204cmの体躯を誇るセンターでありながら、泥臭い仕事も厭わない献身性と、周囲を明るく照らすキャラクターで絶大な人気を誇っています。
エリート街道とは少し異なる、自身の道を切り拓いてきた「リアル桜木花道」こと川真田選手の足跡と、現在の活躍について紐解きます。
挫折を乗り越えた学生時代:天理大学での開花とプロへの道
徳島県出身の川真田選手は、県立城南高校時代には目立った実績はなく、一時はバスケットボールを辞めることも考えたといいます。
しかし、天理大学へ進学したことが彼の運命を大きく変えました。
当時のコーチは2メートルを超える彼を主軸に据え、センターとしての基本を徹底的に叩き込みました。
この「信じてもらえる環境」が、彼に自信を与えたのです。
大学3年次には全日本大学選手権(インカレ)に出場。
その後、プロの世界へ足を踏み入れる際、彼は自らのプレー動画を編集してクラブへ売り込むという、異例のアクションを起こしました。
この行動力が実を結び、2020-21シーズンに佐賀バルーナーズへ特別指定選手として加入。
無名の存在から、自らの手でプロの扉をこじ開けたのです。
滋賀レイクスでの飛躍:MIP受賞と「マイキー」の誕生
本格的なプロキャリアの始まりは、2021年に加入した滋賀レイクス(当時・滋賀レイクスターズ)でした。
当初は出場機会が限られていましたが、献身的なスクリーンやリバウンド、そして持ち前の明るいキャラクターで次第にファンの心を掴みます。
チームのB2降格という苦境も経験しましたが、彼は逃げることなく滋賀に残り、2023-24シーズンにはB2優勝・B1復帰に大きく貢献しました。
このシーズン、彼は「レギュラーシーズン最優秀インプレッシブ選手(MIP)」を受賞。
スタッツ以上の貢献、すなわち「コートにいるだけでチームの熱量が上がる」という稀有な価値が公式に認められた瞬間でした。
「マイキー」という愛称と共に、Bリーグを象徴するビッグマンへと成長を遂げたのです。
日本代表での覚醒:トム・ホーバス監督が見出した才能
川真田選手の名を全国区にしたのは、やはり「日本代表(AKATSUKI JAPAN)」での活躍でしょう。
2023年FIBAワールドカップのメンバーに選出されると、強力な帰化選手や海外組が揃うインサイドにおいて、数分間の出場時間でも体を張り続け、日本のパリオリンピック出場権獲得を影で支えました。
トム・ホーバスヘッドコーチは、彼の身体能力だけでなく「言われたことを即座に実行しようとする素直さと熱量」を高く評価しました。
2024年パリオリンピックでは最終ロスターこそ外れたものの、リザーブとしてチームに帯同。
2025年に入っても、アジアカップ予選などの主要な大会で代表メンバーに名を連ね続けており、今や日本代表のインサイドに欠かせない「情熱の塊」となっています。
新天地・長崎ヴェルカでの挑戦
2024-25シーズンから活動拠点を長崎ヴェルカへと移した川真田選手は、さらに洗練されたプレーを見せています。
2026年現在、大阪エヴェッサや千葉ジェッツといった強豪との対戦においても、持ち前の機動力を活かしたディフェンスと、高い確率を誇るゴール下のシュートでチームの勝利に貢献しています。
特に2025-26シーズンは、単なる「ムードメーカー」に留まらず、勝負どころでのリバウンドやフリースローの精度の向上など、技術面での進化も顕著です。
長崎のスピード感溢れるバスケットにおいて、彼の「走れるビッグマン」という特性は、チーム戦術の核の一つとなっています。
バスケット界の希望を背負う「不屈のセンター」
川真田紘也選手のキャリアを振り返ると、そこには常に「泥臭い努力」と「周囲への感謝」があります。
高校時代の無名選手が、自らビデオを作ってプロになり、今や日本を代表する選手としてコートに立っている。
そのストーリーは、多くの若手選手や子どもたちに大きな勇気を与えています。
2026年、27歳というアスリートとして脂の乗った時期を迎えている彼が、これからどこまで進化を続けるのか。
日本のバスケットボールが世界と渡り合うために、この「熱き巨人」の存在は、今後さらに重要性を増していくに違いありません。


















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