ブルックリンネッツの歴史と主な所属選手

 

ニューヨークの喧騒と、常にスリリングな話題を振りまくブルックリン・ネッツ。

その歴史は、優勝を勝ち取ったABA(アメリカン・バスケットボール・アソシエーション)時代から、ニュージャージーでの栄光、そしてブルックリン移転後のスター軍団形成まで、ドラマに満ちています。

本記事では、ブルックリン・ネッツの波乱万丈な歴史と、チームの魂を築いてきた名選手たちについて、詳しく解説します。

ブルックリン・ネッツの歴史:ABAの覇者からNBAの強豪へ

ABA時代の黄金期とジュリアス・アービング

ネッツの歴史は、1967年にABAのチャーター・フランチャイズ「ニュージャージー・アメリカンズ」として始まりました。

翌年には「ニューヨーク・ネッツ」へと改称し、拠点をニューヨークのロングアイランドに移します。

この初期時代に最大の輝きを放ったのが、1973年に加入した「Dr.J」ことジュリアス・アービングです。

彼の圧倒的なカリスマ性と空飛ぶようなプレースタイルにより、ネッツは1974年と1976年にABA制覇を成し遂げました。

 

 

この時期、ネッツは単なる一チームを超え、バスケットボールという競技そのものを革新する存在でした。

NBAへの加入と苦難のニュージャージー時代

1976年、ABAとNBAの合併によりネッツはNBAの一員となります。

しかし、加入に際して課された多額の分担金を支払うため、エースであるアービングをフィラデルフィア・76ersに売却せざるを得なくなりました。

1977年には拠点を再びニュージャージーに戻し、「ニュージャージー・ネッツ」として再出発します。

1980年代後半から1990年代にかけては、バック・ウィリアムズやドラゼン・ペトロビッチといった選手を中心にプレーオフの常連となりましたが、悲劇的な事故や主力の怪我に泣かされ、なかなか優勝戦線に絡むことができない忍耐の時期が続きました。

ジェイソン・キッドと連続ファイナル進出

2000年代初頭、ネッツは最大の転機を迎えます。

2001年にリーグ屈指の司令塔ジェイソン・キッドを獲得したことで、チームは劇的な変貌を遂げました。

キッドを中心とした高速トランジション・バスケットはリーグを席巻し、2001-02シーズン、2002-03シーズンと2年連続でNBAファイナルに進出します。

 

 

惜しくも優勝には届きませんでしたが、この時代はネッツが「東の盟主」として君臨した、NBA加入後で最も輝かしい歴史の一頁です。

ブルックリンへの移転と「スーパーチーム」への挑戦

2012年、チームはニューヨークのブルックリンへと本拠地を移し、名称も現在の「ブルックリン・ネッツ」へと変わりました。

新オーナーのミハイル・プロホロフ氏の下、チームは大型トレードを連発します。

2013年にはポール・ピアース、ケビン・ガーネットといったベテランスターを獲得しましたが、結果は期待に届かず、数年間の低迷期を招くことになります。

しかし、その後のGMショーン・マークスによる再建を経て、2019年にはケビン・デュラントとカイリー・アービング、後にジェームズ・ハーデンをも加えた、史上稀に見る「ビッグ3」を形成しました。

 

 

このスーパーチーム時代は、圧倒的な攻撃力を誇りながらも、怪我や不運が重なり、2023年までに全てのスターがチームを去るという衝撃的な結末を迎えました。

渡邊雄太選手も所属し、デュラントやアービングと同じコートで活躍した姿は記憶に新しいところです。

 

 

ネッツを彩った伝説的な所属選手

ネッツの歴史を支えた、忘れられない5人のスター選手を振り返ります。

ジュリアス・アービング(1973–1976)

ネッツがABAで2度の優勝を飾った際の中心人物であり、史上最高のダンカーの一人です。

彼の空中戦は、その後のマイケル・ジョーダンらにも多大な影響を与えました。

彼が背負った背番号「32」は、チームの永久欠番となっています。

 

 

ジェイソン・キッド(2001–2008)

ネッツ史上最高の司令塔です。

加入1年目でチームを30勝アップ(前年26勝から52勝へ)させ、万年下位だったネッツを一気に強豪へと押し上げました。

コート全体を見渡す広い視野とパスセンス、そして勝負強さは、今もなおファンに語り継がれています。

 

 

ドラゼン・ペトロビッチ(1991–1993)

ヨーロッパ出身選手の先駆者として、NBAに革命を起こしたシューティングガードです。

1992-93シーズンには平均22.3得点を記録し、オールNBAサードチームに選出されました。

しかし、その直後の1993年夏に交通事故で急逝。

その早すぎる死は、バスケットボール界全体にとって大きな喪失となりました。

 

 

ブルック・ロペス(2008–2017)

チームが苦しい時期もブルックリンへの移転後も、ゴール下を守り続けたビッグマンです。

通算得点、通算ブロック数でチーム歴代1位を記録するなど、ネッツの「顔」として長年貢献しました。

後にプレースタイルを劇的に変化させ、3ポイントシュートも武器にした稀有なセンターです。

 

 

ケビン・デュラント(2019–2023)

アキレス腱断裂という大怪我からの復帰後、ブルックリンの地で異次元のスコアリング能力を発揮しました。

2021年のプレーオフ、ミルウォーキー・バックス戦で見せた歴史的なパフォーマンスは、優勝こそ逃したものの、彼が世界最高の選手であることを改めて証明しました。

 

 

2024年〜2026年:新世代による再建と現在

2026年現在、ブルックリン・ネッツは再び新たなフェーズへと突入しています。

かつてのスーパーチーム路線から舵を切り、若手の育成と指名権の確保を中心とした戦略に移行しました。

現在のロスターには、圧倒的なスコアリングセンスを持つキャメロン(カム)・トーマスや、守備の要であるニコラス・クラクストンが中心選手として定着しています。

 

 

また、2025年ドラフトではイーゴリ・デミンやノーラン・トラオレといった有望な若手を獲得し、さらにはマイケル・ポーターJr.のような実力者を加えるなど、非常に若く、将来性の高いロスターを形成しています。

ジョルディ・フェルナンデス監督の下で「ディフェンス第一」の文化を再構築しており、かつてのキッド時代のような粘り強く、爆発力のあるチーム作りが進行中です。

最後に

ブルックリン・ネッツの歴史は、失敗を恐れずに大きな賭けに出る「挑戦の歴史」でもあります。

時にはそれが裏目に出ることもありましたが、常にリーグの話題の中心であり続け、ファンに刺激を与えてきました。

伝統あるティールカラーのABA時代、栄光のニュージャージー時代、そしてスタイリッシュな黒と白を纏った現在のブルックリン。

それぞれの時代に魅力的なスターがいたように、現在の若手たちが再びネッツを頂点へと導く日が待望されています。

バークレイズ・センターに再びチャンピオンシップのバナーが掲げられる日を目指し、ネッツの新たな章は今も書き続けられています。

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