日本のバスケットボール界において、川崎ブレイブサンダースの顔と言えば、誰もが真っ先に篠山竜青選手の名を挙げるでしょう。
篠山竜青選手は、ポイントガードとして卓越したスキルを持つだけでなく、チームを鼓舞し、観客を熱狂させる稀代のリーダーです。
2016年のBリーグ開幕以前から現在に至るまで、常に第一線で戦い続け、日本代表の主将としても歴史を動かしてきました。
本記事では、彼がどのようにして日本を代表する「闘将」へと登り詰めたのか、その輝かしいキャリアの軌跡を詳しく辿ります。
闘将の原点:北陸高校から日本大学でのスキルアップ
神奈川県出身の篠山選手は、幼少期からバスケットボールに打ち込み、中学卒業後はさらなる高みを目指して福井県の強豪・北陸高校へと進学しました。
親元を離れた厳しい寮生活の中で、後に彼の代名詞となる「負けず嫌い」な精神と、強固な基礎技術が養われました。
高校時代には全国大会での優勝も経験し、名実ともに世代を代表するポイントガードとして注目を集める存在になります。
その後、日本大学へ進学した彼は、伝統校の司令塔としてチームを牽引しました。
大学バスケ特有の激しいプレッシャーの中でも冷静にゲームを組み立てる判断力を磨き、さらにリーダーシップを遺憾なく発揮して、学生バスケ界にその名を轟かせました。
この時期に培われた「勝負所を見極める眼」と「仲間を鼓舞する声」は、プロの世界でも彼の最大の武器となっていくのです。
川崎の象徴へ:東芝時代の躍進とNBL制覇
2011年、篠山選手は当時日本バスケットボールリーグ(JBL)に所属していた東芝ブレイブサンダース(現・川崎ブレイブサンダース)に加入しました。
入団当初から、激しいディフェンスと果敢なペイントアタックでチームに活力を与える存在となりました。
彼は、名門チームが企業の看板を背負った「東芝」から、地域に根ざしたプロクラブ「川崎」へと変革していく激動の時代を、中心選手として支え続けることになります。
NBL時代には、2013-14シーズンと2015-16シーズンの二度にわたり、チームをリーグ制覇に導きました。
特に2015-16シーズンは、後にBリーグへと移行する前の「最後の上位リーグ王者」という称号を手にし、篠山選手はその中心メンバーとして確固たる自信を深めました。
この時期、すでに彼は川崎にとって、コート上の監督とも呼べる不可欠なピースとしての地位を確立していました。
Bリーグ開幕と「キャプテン篠山」の誇り
2016年、日本バスケットボール界に待望のプロリーグ「Bリーグ」が開幕します。
篠山選手は川崎ブレイブサンダースのキャプテンとして、新たなステージに立ちました。
開幕初年度の2016-17シーズン、川崎は東地区優勝を果たし、ファイナルまで勝ち進みます。
代々木第一体育館で行われた決勝戦、激闘の末に準優勝に終わった際、悔しさを隠さずに涙を流した彼の姿は、多くのファンの胸に深く刻まれました。
彼は、コート内でのパフォーマンスに留まらず、リーグ全体の盛り上げ役としても尽力しました。
巧みなトークスキルとサービス精神でメディアに露出し、バスケットボールの魅力を世間に広める「伝道師」のような役割も果たしたのです。
2021年と2022年の天皇杯連覇においては、ベテランらしい落ち着いたゲームコントロールを見せ、川崎に新たな黄金期をもたらしました。
日本代表を牽引した「暁のリーダーシップ」
篠山選手のキャリアにおいて、日本代表としての功績は極めて大きな意味を持ちます。
長らく低迷していた日本代表「アカツキファイブ」の主将に就任した彼は、チームに「戦う姿勢」を植え付けました。
特に2019年に中国で開催されたFIBAワールドカップに向けた予選では、崖っぷちの状態から怒涛の連勝劇を演じ、自力での本大会出場権獲得という歴史的快挙を成し遂げました。
世界の強豪を相手にする国際舞台においても、彼は臆することなくプレッシャーをかけ続けました。
八村塁選手や渡邊雄太選手といったNBAで活躍するスター選手が揃う中でも、精神的支柱として篠山選手が果たす役割は極めて大きく、指揮官からの信頼も絶大でした。
彼が日の丸を背負って戦う姿は、後に続く若いガード陣にとって、まさに理想のキャプテン像となりました。
現在地:継承される「不屈の精神」
30代後半を迎えた現在も、篠山選手のプレイスタイルには一切の衰えが見られません。
むしろ、長いキャリアで培った「狡猾さ」や「予測能力」に磨きがかかり、若手選手を翻弄する場面も多々見受けられます。
近年の川崎ブレイブサンダースにおいて、彼はスターティングラインナップだけでなく、シックスマンとして出場して一気に試合の流れを変えるなど、より多角的な役割をこなしています。
また、後進の育成にも並々ならぬ情熱を注いでおり、練習から高い強度を求める彼の姿勢は、川崎の文化そのものとなっています。
一人のプレイヤーとして勝負にこだわり抜く姿と、将来の日本バスケットボール界を見据える広い視野を両立させるその姿は、まさにプロアスリートの鑑と言えるでしょう。
これまでの栄光に満足することなく、今日も彼はバスケットボールという競技の深淵に挑み続けています。
| 年齢 | 37歳 |
| 身長 | 178cm |
| 体重 | 75kg |
| 出身地 | 日本 神奈川県 |




















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