ユタジャズの歴史と主な所属選手

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NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)において、最も安定した成功を収めながらも、最も「ジャズ」という名前が場所とミスマッチなチームとして知られるのが、ユタ・ジャズです。

しかし、その歴史を紐解けば、そこには一貫したチーム哲学と、バスケットボールの教科書のような美しい連携、そしてファンとの強い絆が存在します。

今回は、ニューオーリンズでの誕生から、伝説のデュオによる黄金時代、そして現在進行中の新たな挑戦まで、ユタ・ジャズの歴史と歴代の名選手たちについて詳しく解説します。

チームの起源:ニューオーリンズから塩の湖の地へ

ユタ・ジャズの歴史は、1974年にルイジアナ州ニューオーリンズで始まりました。

「ジャズ」というチーム名は、ジャズ音楽の聖地であるニューオーリンズに由来しています。

創設当初の目玉選手は、魔法のようなボールハンドリングと得点能力で観客を魅了した「ピート・マラビッチ(ピストル・ピート)」でした。

しかし、華やかなプレーとは裏腹に、チームは深刻な財政難と成績不振に苦しみました。

その結果、1979年にチームはユタ州ソルトレイクシティへと移転することになります。

モルモン教徒が多く、保守的な土地柄として知られるユタ州に、自由奔放なイメージの「ジャズ」という名前が残されたのは、移転までの期間が短く、名前を変更する余裕がなかったためと言われています。

しかし、このミスマッチな名称は、やがて地元ファンに深く愛される独自のブランドへと成長していきました。

ストックトン&マローン:NBA史上最強のデュオ

1980年代半ばから2000年代初頭にかけて、ユタ・ジャズは「黄金時代」を迎えます。

その中心にいたのが、NBA史上最高のポイントガードの一人であるジョン・ストックトンと、屈強な肉体を誇るパワーフォワードのカール・マローンです。

1984年にストックトンが、1985年にマローンがドラフトで指名されると、二人は「ピック&ロール」という極めてシンプルな戦術を芸術の域まで高めました。

ストックトンの正確無比なパスと、マローンの力強いフィニッシュの組み合わせは、相手チームにとって防ぎようのない武器となりました。

この時代、チームを指揮したのは名将ジェリー・スローン監督です。

彼の掲げる「ハードワーク、ディフェンス、そして自己犠牲」という哲学は、ジャズというチームのDNAとなりました。

1990年代の頂点への挑戦

ジャズは1997年と1998年の2年連続でNBAファイナルに進出しました。

しかし、そこで立ちはだかったのが、マイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズでした。

 

 

特に1998年の第6戦、ジョーダンの「ラストショット」によって逆転負けを喫したシーンは、NBAの歴史に残る悲劇的な名場面として語り継がれています。

 

 

優勝こそ逃したものの、この時期のジャズは間違いなくリーグ最強クラスのチームでした。

世代交代と新たな核:デロン・ウィリアムズの時代

2003年にストックトンが引退し、マローンが移籍したことで、ジャズは大きな転換期を迎えました。

しかし、名将スローンのもと、再建は驚くほど迅速に進みました。

2005年のドラフトで指名されたデロン・ウィリアムズと、フリーエージェントで加入したカルロス・ブーザーを中心に、チームは再び強豪へと返り咲きます。

ウィリアムズはリーグ屈指の司令塔へと成長し、2007年にはカンファレンス・ファイナルまで進出しました。

 

 

この時期のジャズは、ストックトン&マローン時代を彷彿とさせる組織的なプレーで、再びリーグにその存在感を示しました。

ミッチェルとゴベア:現代の二枚看板

2010年代後半、ジャズは再び魅力的なチームを作り上げます。

その核となったのが、驚異的な身体能力を持つスコアラーのドノバン・ミッチェルと、圧倒的な守備力を誇るセンターのルディ・ゴベアです。

「スパイダー」の愛称で親しまれたミッチェルは、ルーキーイヤーからエースとしてチームを牽引しました。

一方のゴベアは「スティフル・タワー(窒息させる塔)」と呼ばれ、3度の最優秀守備選手賞(DPOY)を受賞するなど、ジャズをリーグ屈指のディフェンスチームへと押し上げました。

 

 

2020-21シーズンには、レギュラーシーズンでリーグ最高勝率を記録するなど、優勝候補の一角に数えられましたが、プレーオフではあと一歩が届かず、2022年にチームはこの体制に区切りをつける決断を下しました。

 

 

現在:ラウリ・マルカネンと新たな夜明け

2022年のオフ、ジャズはミッチェルとゴベアの両名をトレードで放出し、膨大なドラフト指名権を獲得するという大胆な再建に乗り出しました。

この再建の中で、エースとして覚醒したのがラウリ・マルカネンです。

213cmの長身ながら正確なアウトサイドシュートを持つ彼は、ユタの地でオールスター選手へと成長しました。

 

 

若き知将ウィル・ハーディ監督のもと、現在のジャズは特定のスターに依存しない、全員バスケを信条とする非常にエキサイティングなチームへと変貌を遂げています。

主な歴代所属選手(レジェンド)

ジャズの歴史を彩った、特に重要な選手を紹介します。

カール・マローン (Karl Malone)

通算得点リーグ歴代3位(36,928得点)。

2度のシーズンMVPを受賞。

圧倒的なフィジカルから「メイルマン(郵便配達員=確実に届ける男)」と呼ばれました。

 

 

 

ジョン・ストックトン (John Stockton)

通算アシスト数および通算スティール数でNBA歴代1位の記録を持つ、究極の司令塔。

マローンとのコンビは歴史上最も成功したデュオの一つです。

 

 

 

ピート・マラビッチ (Pete Maravich)

ニューオーリンズ時代のスーパースター。

その華麗なプレースタイルは、後のマジック・ジョンソンやステフィン・カリーにも影響を与えたと言われています。

 

 

ルディ・ゴベア (Rudy Gobert)

守備の要。

リムプロテクターとしてリーグを支配し、チームを長年にわたりプレーオフ常連へと導きました。

 

 

 

アドリアン・ダントリー (Adrian Dantley)

1980年代前半のジャズを支えた得点王。

小柄なフォワードながら、巧みなステップとシュート技術で得点を量産しました。

最後に

ユタ・ジャズの歴史は、派手さよりも実直さ、個人の才能よりもチームの調和を重んじてきた歴史です。

いまだチャンピオンシップの栄冠には届いていませんが、その一貫したスタイルはNBA全体から深い尊敬を集めています。

現在は新たな時代への過渡期にありますが、蓄えた若手資産とマルカネンを中心に、再び「ジャズ」の旋律がプレーオフの舞台で力強く響く日は、そう遠くないでしょう。

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