日本バスケ界を牽引する「小さな巨人」富樫勇樹

 

2026年現在、日本のバスケットボール界は「B.革新」による新リーグの開幕や、国際舞台での躍進によってかつてない黄金期を迎えています。

その中心に立ち、長年日本代表とB.リーグの双方で圧倒的な存在感を放ち続けているのが、千葉ジェッツ所属のポイントガード、富樫勇樹選手です。

身長167cm。プロバスケットボール選手としては極めて小柄な部類に入りながら、彼はそのハンデを微塵も感じさせないスピード、魔法のようなハンドリング、そして勝負どころで射抜く正確無比な3ポイントシュートを武器に、日本バスケの歴史を塗り替えてきました。

彼が歩んできた道は、サイズに悩む多くのアスリートに希望を与え、日本のガードが世界でどう戦うべきかを示す「解答」そのものでした。

本場アメリカへの挑戦と「モンブロス」での日々

富樫選手のキャリアを語る上で欠かせないのが、若き日の渡米決断です。

新潟県でバスケットボール指導者の父のもとに生まれた彼は、中学時代に全国大会で優勝を果たすと、高校進学の場として日本ではなくアメリカの名門、モントロス・クリスチャン高校を選びました。

 

 

ケビン・デュラント(NBAのスーパースター)の母校としても知られるこの強豪校で、富樫選手は言葉の壁やフィジカルの差に直面しながらも、正ポイントガードの座を勝ち取ります。

アメリカのトップレベルの高校生たちと日常的にしのぎを削ったこの3年間が、彼の「物怖じしないメンタリティ」と「世界基準のプレイスピード」の礎となりました。

この時期に培われた、高い打点から放たれるフローターシュートや素早いリリースは、後にNBA挑戦や国際試合でも彼の最大の武器となります。

国内デビューとNBAサマーリーグへの衝撃

高校卒業後、富樫選手は大学へは進まず、当時日本に存在した「bjリーグ」の秋田ノーザンハピネッツでプロキャリアをスタートさせます。

ルーキーイヤーからリーグの新人賞を争う活躍を見せ、2年目にはアシスト王に輝くなど、国内に敵なしの状態を早くも作り上げました。

しかし、彼の視線は常に世界を向いていました。

2014年、富樫選手はダラス・マーベリックスの一員としてNBAサマーリーグに出場します。

 

 

シャーロット・ホーネッツ戦で見せた、自分より40cm近く高い選手を翻弄して決めたジャンプシュートは、現地のファンから大きな喝采を浴びました。

その後、NBAの下部リーグであるDリーグ(現Gリーグ)のテキサス・レジェンズと契約。

 

 

怪我によりNBA昇格こそ叶いませんでしたが、「167cmの日本人がNBAのすぐ隣まで行った」という事実は、日本のバスケ界に大きな勇気を与えました。

千葉ジェッツの顔、そして「1億円プレーヤー」へ

2015年に帰国し、千葉ジェッツに入団した富樫選手は、翌年開幕した「B.リーグ」において名実ともにリーグの「顔」となりました。

彼のプレイスタイルは、華やかでスピード感に溢れ、バスケットボールをあまり知らない観客をも一瞬で虜にする力を持っていました。

千葉ジェッツを強豪へと押し上げ、天皇杯3連覇や2020-21シーズンのB.リーグ制覇など、数々のタイトルをチームにもたらしました。

 

 

個人としても2018-19シーズンにレギュラーシーズンMVPを受賞。

さらに2019年には、日本人選手として初めて「年俸1億円(基本合意)」を突破したことを公表しました。

これは、プロバスケットボール選手が日本において夢のある職業であることを証明する、極めて象徴的な出来事となりました。

日本代表のキャプテンとしての重圧と歓喜

富樫選手のキャリアを語る上で、日本代表での活動は最大のハイライトと言えるでしょう。

2021年の東京オリンピックでは、開催国のポイントガードとして強豪国と対峙。

その後、トム・ホーバスHC体制となった代表チームにおいて、彼はキャプテンという重責を担うことになります。

特に2023年のFIBAバスケットボールワールドカップでの活躍は、日本中の記憶に新しいところです。

 

 

格上のフィンランドやベネズエラを相手に逆転勝利を収め、自力でパリオリンピックへの切符を掴み取った際、コート上でチームを鼓舞し続けたのは富樫選手でした。

スピードスターとしての役割だけでなく、勝負どころでチームを落ち着かせ、戦術を遂行させるリーダーとしての進化を世界に見せつけました。

2024年のパリオリンピックでも、フランスなどの強豪を相手に堂々たるゲームメイクを披露し、日本のガードの質の高さを改めて証明しました。

新時代の幕開けとベテランの進化

2026年現在、B.リーグは「B.LEAGUE PREMIER」を見据えた変革期にあります。

千葉ジェッツの新たな本拠地「LaLa arena TOKYO-BAY」のコートに立つ富樫選手は、32歳というベテランの域に差し掛かりながら、そのスピードは衰えるどころか、さらに研ぎ澄まされています。

 

 

若手の台頭が著しい昨今ですが、富樫選手の存在感は揺らぎません。

むしろ、相手のディフェンスを読み切り、最善のパスを選択するゲーム管理能力はキャリア最高潮に達しています。

2025-26シーズンも、彼はリーグトップクラスの得点とアシストを記録し続け、チームを牽引しています。

また、オフコートでは自身のブランド展開や次世代の育成にも力を入れ、バスケットボール文化を日本に根付かせるための活動を精力的に行っています。

サイズを超越したスキルの完成形

富樫選手の凄みは、単に「速い」ことだけではありません。

彼は、現代バスケットボールにおいてポイントガードに求められるすべての要素を、あの小さな体で体現しています。

相手の隙を突くステップバック3ポイント、リム付近でのブロックを避ける高精度のフローター、そして味方の強みを最大限に活かす鋭いパス。

 

 

これらの技術はすべて、世界中の大男たちと渡り合うために彼が血の滲むような努力で磨き上げたものです。

彼がコートに立つ時、身長差という概念は消失し、純粋なスキルの応酬が繰り広げられます。

富樫勇樹というプレーヤーは、今もなお、日本バスケットボールの「現在地」であり「可能性」そのものなのです。

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