ボストンセルティックスの歴史と主な所属選手

 

ボストン・セルティックスは、NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)のイースタン・カンファレンス、アトランティック地区に所属する名門チームです。

緑と白のユニフォームで知られ、NBA最多タイの18回の優勝を誇ります。

1946年の創設以来、数々の伝説的選手と名将が織りなす歴史は、バスケットボール界の金字塔です。

2024年に18度目の優勝を果たしました。

本記事では、セルティックスの歴史を振り返り、主な所属選手を紹介します。

創設と初期の成功:王朝の礎(1946年~1956年)

セルティックスは1946年、バスケットボール・アソシエーション・オブ・アメリカ(BAA、NBAの前身)に創設メンバーとして参加しました。

ウォルター・ブラウンオーナーの下、ボストン・ガーデンを本拠地とし、初代監督ジョン・ラッセルの指導でスタート。

しかし、初期は苦戦が続き、プレーオフ進出もままなりませんでした。

エド・マコーレーやボブ・クージーの加入で光明が見え、クージーのパスセンスがチームを活性化します。

1950年にオーナーのブラウンがNBAとNBLの合併を主導し、リーグの基盤を強化しました。

1956年、運命の転換点が訪れます。

レッド・アーバック監督が就任し、ビル・ラッセルをドラフトで獲得。

ラッセルはリバウンドとディフェンスで革命を起こし、チームの柱に。

この年、トム・ヘインソンも新人として加わり、1957年に初のNBAチャンピオンシップを獲得。

セントルイス・ホークスを破ったこの勝利は、伝説の始まりでした。

 

 

王朝の黄金時代:ラッセル時代(1957年~1969年)

1950年代後半から1960年代は、セルティックスの全盛期です。

アーバックの戦略とラッセルの支配力で、1959年から1966年まで前人未到の8連覇を達成。

 

 

ラッセルは5度のMVPを獲得し、ディフェンスの要として相手を圧倒。

ボブ・クージーの華麗なドリブルとパス、トム・ヘインソンの得点力、ビル・シャーマンのシュート、K.C.ジョーンズの堅守がチームを支えました。

サム・ジョーンズのクラッチシュートも忘れられません。

この時代の対戦相手、ウィルト・チェンバレン率いるフィラデルフィア・ウォリアーズやロサンゼルス・レイカーズとの戦いは、NBA史に刻まれる名勝負です。

1966年にラッセルが選手兼監督に就任。

NBA初のアフリカ系アメリカ人ヘッドコーチとして、1968年と1969年も優勝を重ね、通算11回のタイトルを獲得。

ラッセルのリーダーシップとアーバックの戦術が、セルティックスを「王朝」と呼びました。

ボストン・ガーデンの観衆は「セルティックス・プライド」を体現し、ファン文化が根付きました。

この時代の主な選手

ビル・ラッセル(センター、1956-1969)

11回の優勝、5度のMVP。

リバウンド平均22.5、殿堂入り。

 

 

ボブ・クージー(ガード、1950-1963)

6回の優勝、1957年MVP。

パスとスピードで「ハウディーニ・オブ・ハードウッド」と呼ばれた。

 

 

トム・ヘインソン(フォワード、1956-1965)

8回の優勝、新人王。

引退後は監督として1970年代に2度優勝。

サム・ジョーンズ(ガード、1957-1969)

10回の優勝。クラッチシュートで「ミスター・クラッチ」の異名。

 

復活と新たな黄金期:バード時代(1970年代~1980年代)

1960年代末、ジョン・ハブリチェックがチームを牽引。

1974年と1976年に優勝し、ヘインソン監督の下でデイブ・カウエンスやジョジョ・ホワイトが活躍。

カウエンスは1973年MVPを獲得しました。

しかし、1970年代後半は低迷します。

1980年代、セルティックスはラリー・バードの登場で再び頂点へ。

1979年にドラフト1位で加入したバードは、シュート、ディフェンス、パス全てで超一流。

K.C.ジョーンズ監督の下、ケビン・マクヘイル、ロバート・パリッシュ、デニス・ジョンソン、ダニー・エインジら「ビッグ3」が形成され、1981年、1984年、1986年に優勝。

特にレイカーズとの「マジック・ジョンソン対ラリー・バード」のライバル関係は、NBA人気を急上昇させました。

1986年にはビル・ウォルトンも加入し、リーグ最高勝率を記録。

バードの3年連続MVP(1984-1986)は、チームの黄金時代を象徴します。

 

この時代の主な選手

ラリー・バード(フォワード、1979-1992)

3回の優勝、3度のMVP。通算得点21,791、殿堂入り。

 

 

ケビン・マクヘイル(フォワード、1980-1993)

3回の優勝。

ポストプレーの名手、殿堂入り。

 

 

ロバート・パリッシュ(センター、1980-1994)

3回の優勝。

堅実なセンター、通算出場1,611試合はNBA記録。

 

 

低迷と再建:1990年代~2000年代初頭

1990年代はバードの引退やレジー・ルイスの急逝で暗黒期に突入。

プレーオフ進出も難しく、1993年にアーバックが亡くなり、チームは迷走します。

2002年にポール・ピアースとアントワン・ウォーカーが台頭し、2002年にカンファレンス決勝進出も、優勝には届きませんでした。

 

新時代:新ビッグ3(2007年~2013年)

2007年、ダニー・エインジGMがケビン・ガーネットとレイ・アレンを獲得。

ピアースとの「新ビッグ3」で、2008年に17回目の優勝。

 

 

ドック・リバース監督のディフェンス重視の戦術が功を奏し、レイカーズを破りました。

ガーネットの情熱、アレンの3ポイント、ピアースのクラッチ力が光りました。

2010年もファイナル進出するが、優勝を逃します。

 

この時代の主な選手

ポール・ピアース(フォワード、1998-2013)

2008年ファイナルMVP。

通算得点19,899、「ザ・トゥルース」の愛称。

 

 

ケビン・ガーネット(フォワード、2007-2013)

2008年優勝、2004年MVP。

ディフェンスとリーダーシップでチームを牽引。

 

 

レイ・アレン(ガード、2007-2012)

3ポイントシュート記録保持者(当時)。

2008年優勝に貢献。

 

 

現代のセルティックス:テイタムとブラウンの時代(2013年~)

2013年以降、ブラッド・スティーブンスGM(現社長)とアイメ・ウドカ(2022年まで監督)、ジョー・マズーラ(現監督)の下で再建。

2017年にジェイソン・テイタム、2016年にジェイレン・ブラウンをドラフトで獲得。

マーカス・スマートの堅守も加わり、2022年にファイナル進出。

2024年、マズーラ監督の下、テイタム、ブラウン、デリック・ホワイト、ジェイレン・ブラウン、クリスタプス・ポルジンギス、アル・ホーフォードらが活躍し、18回目の優勝を達成。

 

 

主な現役選手

ジェイソン・テイタム(フォワード、2017-)

2024年優勝、5回のオールスター。

 

 

ジェイレン・ブラウン(ガード/フォワード、2016-)

2024年ファイナルMVP。

3回のオールスター、攻守の要。

 

 

デリック・ホワイト(ガード、2022-)

2024年優勝。

3ポイントとディフェンスで貢献。

 

 

クリスタプス・ポルジンギス(センター、2023-)

2024年優勝。

3ポイントとリムプロテクションが武器。

 

 

アル・ホーフォード(センター、2016-2019、2021-)

2024年優勝。

38歳のベテラン、安定感抜群。

 

まとめ

ボストン・セルティックスは、ビル・ラッセルの鉄壁のディフェンスからラリー・バードの万能性、ジェイソン・テイタムの現代的スター性まで、時代を超えて「セルティックス・プライド」を体現してきました。

18回の優勝、22回のファイナル進出は、NBAの歴史そのものです。

緑のユニフォームは、これからもバスケットボール界の象徴として輝き続けるでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました