ロサンゼルス・レイカーズは、NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)で最も成功したチームの一つです。
その歴史は1947年に始まり、元々はミネソタ州ミネアポリスで「ミネアポリス・レイカーズ」として設立されました。
現在のロサンゼルスに移ったのは1960年です。
チーム名はミネソタ州の愛称「1万の湖の地」に由来しており、移転後もその名前を引き継ぎました。
レイカーズはこれまでに17回のNBAチャンピオンシップを獲得し、ボストン・セルティックスと並ぶ最多記録を持っています。
この記事では、レイカーズの歴史を時代ごとに振り返り、主な所属選手をご紹介します。
初期:ミネアポリス時代(1947-1960)
レイカーズの歴史は、1947年にナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)のデトロイト・ジェムズとしてスタートしました。
翌1948年、新オーナーがチームをミネアポリスに移し、「レイカーズ」と改名します。
ジョージ・マイカンという伝説的なセンターが活躍し、チームはすぐに成功を収めました。
マイカンは身長6フィート10インチ(約208cm)で、当時のバスケットボール界では圧倒的な存在でした。
彼のフックショットとリバウンド力でリーグを席巻し、1948年にNBLチャンピオンシップを獲得します。
1949年にはバスケットボール・アソシエーション・オブ・アメリカ(BAA)に移り、同年優勝を果たしました。
その後、NBLとBAAが合併してNBAが誕生すると、1950年代初頭に4回(1949、1950、1952、1953、1954)の優勝を達成します。
マイカンはこの時代の顔であり、NBA初のスーパースターとして知られています。
しかし、1950年代後半になると財政難に直面し、観客動員も減ってしまいます。
1960年、オーナーのボブ・ショートはチームをロサンゼルスに移すことを決めました。
これにより、レイカーズは西海岸初のNBAチームとなりました。
ロサンゼルス移転と1960年代:セルティックスとのライバル関係
ロサンゼルスに移った1960年代、レイカーズはエルジン・ベイラーとジェリー・ウェストという二人のスター選手を中心に再建を進めます。
ベイラーは驚異的な運動能力とスコアリング力を持ち、1試合平均27.4得点を記録しました。
ウェストは「ミスター・クラッチ」の異名を持つシューティングガードで、冷静な判断力とクラッチタイムでの活躍が光ります。
二人でチームを6度のNBAファイナルに導きましたが、いずれも宿敵ボストン・セルティックスに敗れてしまいます。
この時期、セルティックスはビル・ラッセルを擁して黄金時代を築いており、レイカーズとのライバル関係が始まりました。
1968年にはウィルト・チェンバレンを獲得します。
チェンバレンはNBA史上最も支配的なセンターで、1試合100得点という記録を持つ選手です。
彼の加入でチームはさらに強くなりましたが、1969年のファイナルでもセルティックスに敗れてしまいます。
1960年代は優勝を逃しましたが、後の成功の基盤が築かれた時期と言えます。
1970年代:初のロサンゼルス優勝と低迷
1971-72シーズン、レイカーズはロサンゼルス移転後初の優勝を果たします。
チェンバレン、ウェスト、ゲイル・グッドリッチが主力となり、ビル・シャーマン新ヘッドコーチの下で記録的なシーズンを送りました。
この年、チームは33連勝というNBA記録を樹立し、レギュラーシーズン69勝13敗(当時の最高記録)を記録します。
ファイナルではニューヨーク・ニックスを破り、ウェストにとって唯一の優勝リングとなりました。
しかし、チェンバレンが引退し、主力選手が高齢化するとチームは低迷します。
1974-75、1975-76シーズンには連続でプレーオフを逃し、フランチャイズ史上初の危機を迎えました。
転機は1975年、カリーム・アブドゥル・ジャバーをミルウォーキー・バックスからトレードで獲得したことです。
ジャバーはスカイフックと呼ばれる無敵のシュートを武器に、すでにリーグMVPを3度受賞していたスーパースターでした。
1980年代:ショータイム・レイカーズの黄金時代
1980年代は「ショータイム・レイカーズ」と呼ばれる黄金時代です。1979年のドラフトでマジック・ジョンソンを全体1位で指名し、ジャバーとのデュオが誕生します。
ジョンソンは6フィート9インチ(約206cm)のポイントガードで、パスセンスとコートビジョンが抜群でした。
ルーキーイヤーの1980年ファイナルでは、負傷したジャバーの代わりにセンターを務め、42得点15リバウンドを記録して優勝を導き、ファイナルMVPを獲得します。
パット・ライリーがヘッドコーチに就任すると、チームは速攻と華麗なパスワークを特徴とする「ショータイム」スタイルを確立します。
ジェームズ・ウォージー、マイケル・クーパー、バイロン・スコットらが脇を固め、1980年代に5回の優勝(1980、1982、1985、1987、1988)を達成しました。
特に1987年と1988年の連覇は、セルティックスとの激しい戦いの末に勝ち取ったものです。
ジョンソンは3度のリーグMVPと3度のファイナルMVPを受賞し、レイカーズの顔となりました。
1990年代:低迷とコービー・ブライアントの登場
1991年、ジョンソンがHIV感染を理由に突然引退を発表し、黄金時代は終わりを迎えます。
1990年代初頭はプレーオフ進出がやっとの状態が続き、チームは再建を迫られました。
転機は1996年、シャーロット・ホーネッツから13位指名されたコービー・ブライアントをトレードで獲得し、さらにシャキール・オニールがフリーエージェントで加入したことです。
コービーは驚異的な運動能力とスコアリング力を持つ若手で、オニールは圧倒的なフィジカルを誇るセンターでした。
2000年代:コービーとシャックの3連覇
フィル・ジャクソン新ヘッドコーチの下、コービーとオニールは2000年から2002年まで3連覇を達成します。
オニールは3年連続ファイナルMVPに輝き、コービーは若きエースとして成長しました。
特に2001年はプレーオフ15勝1敗という圧倒的な成績で、NBA史上最も支配的な優勝の一つとされています。
しかし、2人の確執が表面化し、2004年にオニールがマイアミ・ヒートへ移籍します。
コービーは単独リーダーとなり、2007-08シーズンにリーグMVPを受賞します。
2009年と2010年には再び優勝を果たし、自身2度目のファイナルMVPを獲得しました。
コービーは20年間レイカーズ一筋でプレーし、5回の優勝を達成しました。
2010年代:低迷とレブロンの時代
コービーが2016年に引退すると、レイカーズは再び低迷期に入ります。
6年連続でプレーオフを逃し、若手育成に注力しました。
2018年、レブロン・ジェームズが加入し、状況は一変します。
2019年にはアンソニー・デイビスをトレードで獲得し、新たなデュオが誕生しました。
2019-20シーズン、COVID-19パンデミックの中でのバブル開催で、レブロンとデイビスはチームを17回目の優勝に導きます。
レブロンはファイナルMVPを獲得し、レイカーズでの地位を確立しました。
また、2023年には八村塁選手がウィザーズからレイカーズへ移籍し、2024-25シーズン後半にはルカドンチッチがアンソニーデイビス等とのトレードでレイカーズに加入しています。
主な所属選手
ジョージ・マイカン: ミネアポリス時代の礎です。5回の優勝に貢献しました。
エルジン・ベイラー: スコアリングマシンです。通算2万3千得点以上を記録しました。
ジェリー・ウェスト: 「ロゴ男」です。1回の優勝と通算2万5千得点を誇ります。
ウィルト・チェンバレン: 1972年優勝の立役者です。
カリーム・アブドゥル・ジャバー: 6度のMVP、5回の優勝を達成しました。
マジック・ジョンソン: ショータイムの象徴です。5回の優勝に貢献しました。
ジェームズ・ウォージー: 1988年ファイナルMVPを受賞しました。
シャキール・オニール: 3連覇の原動力です。
コービー・ブライアント: 5回の優勝を果たし、20年間の献身が光ります。
レブロン・ジェームズ: 2020年優勝を導いた現役レジェンドです。
アンソニー・デイビス: レブロンとのデュオでチャンピオンリング獲得。
ルカドンチッチ:2025年にレイカーズ加入。
現在と未来
2025年現在、レイカーズはレブロンとドンチッチの強力なコンビでウェスト上位に位置しています。
八村塁選手も重要なポジションです。
JJレディックの評価もよく、2025年以降もプレイオフでチャンピオンリング争いをすることは間違いなさそうです。
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