ヒューストン・ロケッツ(Houston Rockets)は、テキサス州ヒューストンを本拠地とするNBAの強豪チームです。
1967年に創設されて以来、1990年代の連覇(バック・トゥ・バック)を含む数々の輝かしい歴史を築いてきました。
「クラッチ・シティ(Clutch City)」の愛称でも知られ、伝統的にリーグを代表する稀代のセンターを輩出してきたことでも有名です。
本記事では、創設期から現在(2026年)に至るまでの歩みと、チームの象徴である歴代のスター選手たちについて詳しく解説します。
創設とヒューストンへの移転
ロケッツの歴史は、1967年に「サンディエゴ・ロケッツ」としてカリフォルニア州サンディエゴで始まりました。
チーム名は当時サンディエゴにあった航空宇宙産業にちなんで名付けられました。
初期のスター選手としてエルビン・ヘイズを擁し、創設2年目にはプレーオフ進出を果たしますが、1971年に現在のヒューストンへと移転しました。
移転後、ヒューストンがNASAの拠点であることから「ロケッツ」の名はそのまま維持されました。
1970年代後半には、ABAから移籍してきた名センター、モーゼス・マローンを獲得したことで強豪への足がかりを築き、1981年にはフランチャイズ史上初となるNBAファイナル進出を果たしました。
「ツインタワー」とアキーム・オラジュワンの登場
1980年代前半、ロケッツは再びドラフトで運命的な指名を行います。
1983年にラルフ・サンプソン(224cm)、翌1984年にはアキーム・オラジュワン(213cm)という、規格外の高さと機動力を兼ね備えた二人のセンターを獲得したのです。
彼らは「ツインタワー」と呼ばれ、1986年に当時最強を誇ったロサンゼルス・レイカーズを破ってファイナルに進出しました。
サンプソンの怪我による離脱でツインタワー時代は短く終わりましたが、エースとなったオラジュワンは「ザ・ドリーム(The Dream)」の愛称通り、華麗なフットワーク「ドリーム・シェイク」でリーグを席巻し、チームの黄金時代の主役となりました。
黄金時代:クラッチ・シティの連覇
ロケッツの歴史において最も輝かしい時期は、1993-94シーズンと1994-95シーズンです。
指揮官ルディ・トムジャノビッチの下、オラジュワンを中心とした組織的なバスケットボールで1994年にニューヨーク・ニックスを破り、悲願の初優勝を飾りました。
翌1995年には、オラジュワンの大学時代の相棒でもあるクライド・ドレクスラーをトレードで獲得。
レギュラーシーズンは苦戦し、第6シードからのプレーオフ進出となりましたが、逆境で驚異的な勝負強さを発揮し、シャキール・オニール擁するオーランド・マジックをスウィープで撃破。
史上最低シードからの連覇という快挙を成し遂げました。
この時の「チャンピオンの心を疑うな(Never underestimate the heart of a champion)」というトムジャノビッチの言葉は、今もNBA史に残る名言です。
2000年代:ヤオ・ミンとグローバルな展開
2000年代に入ると、ロケッツは国際的な注目を浴びることになります。
2002年のドラフト1位で、中国出身の巨大センター、ヤオ・ミンを指名したからです。
さらに2004年には、リーグ屈指のスコアラーであったトレイシー・マグレディを獲得。
「ヤオ・マグレディ」のデュオは絶大な人気を誇り、2008年には当時歴代2位となる22連勝を記録するなど、リーグを代表する強豪として君臨しました。
怪我に悩まされ優勝には届きませんましたが、ヤオ・ミンの存在はNBAのアジア市場拡大に決定的な役割を果たし、ロケッツは世界中で愛されるチームとなりました。
2010年代:ジェームズ・ハーデンと革新
2012年、ロケッツはオクラホマシティ・サンダーからジェームズ・ハーデンを獲得し、新たな時代に突入しました。
ダリル・モーリーGMの下、スリーポイントとゴール下での得点を徹底的に重視する「モレー・ボール」と呼ばれるアナリティクス重視の戦術を採用。
ハーデンは3年連続の得点王やMVPに輝き、チームを毎年のようにプレーオフ深くまで導きました。
特に2017-18シーズンにはクリス・ポールを加え、当時の王者ゴールデンステート・ウォリアーズを追い詰めましたが、惜しくもファイナル進出は叶いませんでした。
2020年代:再建から新希望の時代へ
ハーデンの退団後、ロケッツは数年の再建期間を経て、現在は若い才能が芽吹くエキサイティングな時期を迎えています。
2023年に就任したアイメ・ウドカ監督の下、ディフェンスを基盤とした文化が再構築されました。
中心選手は、非凡なパスセンスを持つセンターのアルペラン・シェングンや、驚異的な身体能力を誇るアメン・トンプソン、高い得点能力を持つジャバリ・スミス・ジュニアらです。
2025-26シーズン現在、これらの若手コアに加え、ベテランのスター選手、ケビンデュラントが加入し、再び「クラッチ・シティ」の誇りを取り戻そうとしています。
主な歴代所属選手プロフィール
アキーム・オラジュワン(Hakeem Olajuwon)
在籍期間: 1984–2001
実績: 優勝2回、MVP1回、ファイナルMVP2回
特徴: ロケッツ史上最高のプレーヤー。
ガードのようなフットワークを持つセンターで、攻守両面で支配力を発揮しました。
通算ブロック数でNBA歴代1位の記録を持っています。
モーゼス・マローン(Moses Malone)
在籍期間: 1976–1982
実績: MVP2回(ロケッツ在籍時)
特徴: 「オフェンシブ・リバウンドの王」として知られる屈強なセンター。
1981年にロケッツを初のファイナルへと導き、チームを全国区の強豪へと押し上げました。
ヤオ・ミン(Yao Ming)
在籍期間: 2002–2011
実績: オールスター選出8回、背番号11は永久欠番
特徴: 229cmの長身ながら繊細なシュートタッチを誇ったアジア人初のスーパースター。
その誠実な人柄でもファンを魅了し、バスケットボールの国際化に貢献しました。
ジェームズ・ハーデン(James Harden)
在籍期間: 2012–2021
実績: MVP1回、得点王3回、アシスト王1回
特徴: 圧倒的なアイソレーション能力とステップバック3Pを武器に、NBAのオフェンスの概念を変えたスコアラー。
ロケッツの歴史上、最も多くの3Pシュートとフリースローを成功させました。
ルディ・トムジャノビッチ(Rudy Tomjanovich)
在籍期間: 1970–1981(選手)、1992–2003(監督)
実績: 監督として優勝2回
特徴: 選手としてもオールスターの常連であり、監督としては連覇を達成。
誰よりもロケッツを愛し、ファンから絶大な信頼を寄せられた「ミスター・ロケッツ」です。
最後に
ヒューストン・ロケッツは、常に革新的であり続け、どんな困難な状況でも「チャンピオンの心」を失わない姿勢で歩んできました。
オラジュワンの時代から現代のシェングンたちの時代へ、その熱い魂は継承されています。
新旧の才能が交差する現在のロケッツが、再びヒューストンの街にパレードをもたらす日はそう遠くないかもしれません。





















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