シャック、モーニングをおさえてドリームチーム1に入ったCレイトナー

クリスチャン・レイトナー

今や伝説ともなっているバルセロナオリンピックで初めてNBAの現役選手たちで構成されたアメリカ代表、ドリームチーム1ですが、その中で背番号4を背負い1つだけ用意された大学選手からの枠で選出されたのがクリスチャンレイトナーです。

当時、学生の候補にはあのシャキールオニール、アロンゾモーニングといったビッグネームが名を連ねていて、その中でレイトナーが選ばれたということは学生時代に余程のインパクトがあったのだと考えられますね。

確かにシャックは3つ年下になるので完全に比較は出来ませんが、大学入学後、即怪物的な活躍をしていたシャックをおさえてドリームチーム入りしたことは本当に凄いことです。

 

 

しかし、同時期となったドラフトではシャック、モーニングに続き3位での指名となり、ミネソタティンバーウルブズに入団します。

シャック、モーニングが華々しい活躍を見せる中、レイトナーは学生時代ほどのインパクトをNBAの中で見せることが出来ず、チームも13年間の現役生活の中で6チームに在籍するという展開となりました。

ただ、個人スタッツ的にはルーキーイヤーからシーズン平均18.2という2ケタ得点を記録し、その後も6年連続で2ケタ得点はキープしています。しかし、ルーキーイヤーの平均得点をその後越えることは無く、アキレス腱の怪我によりさらにその結果は思わしくないものとなっていきました。

 

 

現役最後の年にはマイアミヒートでシャキールオニールとチームメイトとなると、腎臓疾患から復帰したモーニングも加わり、当時のドラフト上位1.2.3位が同じチームでプレーすることとなりました。

とても短い期間ではありましたが・・・・

その年のプレータイムは平均15分、出場49試合とヒート時代はシャックの控えとしてプレーしたレイトナーでしたが、過去12年間でシリーズ平均フィールドゴール確立が5割を越えた年が1度しかないにもかかわらず、この年は.582という驚異的な数字を残しています。

ヒートがシャック・ウェイドのコンビを中心にチャンピオンリングを獲得したのはこの翌年の話で、レイトナーは2004-05シーズン終了後引退しているので、念願のチャンピオンリングを獲得することは出来ませんでしたが、同時期にドラフトで上位を占めた3人がNBA入団後様々な違う道を経て同じチームでプレーするということはとても意味深いものを感じました。

おまけ

 

やっぱりドリームチーム1はなんだか雰囲気が違います。相手のレベルが今とは当然違いますし、その後の選手でも負けず劣らずの素晴らしいプレイヤーはたくさんいますが、見入ってしまいますね。

実力差があるからなのか特にディフェンスのよさが目立ちます。この中でプレーしたということは、やはりレイトナーも伝説的な選手の一人ですね。

 

 

 

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